ローデッド式デヴォンクラッチ

映画ファン最後の良心デヴォン山岡が映画を楽しみまくって感想を書きます。

『ジョーカー』が民衆の英雄として祭り上げられるこの時代のリアルに乾杯!

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働けども働けども困窮した生活から抜け出せない貧しいみなさん、社会との隔たりを感じ孤独感と絶望感にさいなまれているみなさん、自分よりも不幸な人たちには優しくしてあげたいけど幸福な奴らは全員死ねとか思っているみなさん。

そんな底辺な人々が「俺たちの神!」とか言って崇拝したくなるのもわかる『ジョーカー』誕生の瞬間。

 

なんか本当にいい話ですよね。

 

根は真面目で良識人でありながらも、その障害と不器用さで社会から虐げられまくり闇落ちしていくジョーカーさんに感情移入できない人は、いままでお金で困ったことが無い人か真正のバカかその両方かのどちらか。

特に、コメディアンを目指していたジョーカーさんが、逆にその「スベリ」具合を晒されて笑い者にされてしまうところなんか、俺はシンパシーを感じずにはいられなかった。

そんな世界一報われない男ジョーカーさんが笑顔と共についにブチ切れるカタルシス

クソったれな社会へのたったひとりの反乱は、民衆がため込んだ不満とストレスを派手に爆発させるトリガーにもなるのだ。

 

これはアメコミ映画であり、舞台は架空の町ゴッサムシティ。

なのに俺たちは、ジョーカーさんに自分たちの置かれた境遇を重ね、ゴミの散乱した薄汚いゴッサムに現実の社会を重ねるのである。

貧困層と富裕層の格差はどんどん広がり、なのに税金はますます絞り取られ、将来も老後も不安しかない俺たちの現実。

 

年金を払えだと? ふざけんじゃねえ! こんなゴミみたいな給料でいったいどうやって払えばいいんだ! 老後もクソもあるかボケが!

 

などと、思わず映画館帰りにダイソーのパーティグッズコーナーでピエロのマスクでも買って、そのままバカ笑いしながら街中で金属バットでも振り回してやろうかと思ったが、もちろんそんな非常識なことはしない。

せめてもの抵抗として、レンタルショップでいつもよりもちょっと暴力的なAVを借りるにとどまる小市民の俺。

そんな些細なストレス解消が、俺たちの怒りを制御する大切な自律神経安定の方法になってるのかもしれないよね(反論は却下)

 

 

ホアキン・フェニックスのすげー演技

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もともとホアキンは演技派という印象だが、ジョーカーホアキンは体重も絞りに絞って神経衰弱ギリギリの演技を見事にこなしている。

ビューティフル・デイでの自殺願望に囚われた殺し屋役にも近いが、今回は例の “心が動揺したときに面白くもないのにバカ笑いしてしまう病” のおかげでさらなるブッ壊れ感を醸し出している。

 

ジョーカーさんの「バカ笑い病」は【ここぞ】というタイミングで発動するのが本当に素晴らしい。

 

俺も一度ツボに入ると笑いが止まらなくなる性分なので、TPOをわきまえずに笑いがこみ上げてくるスリルをジョーカーさんと共に追体験することができた。

「人がバカ笑いしている姿」って、周囲の人間からするとかなり気持ち悪くて異様に見えたりするもので、そんなジョーカーさんの病気を目の当たりにした人たちが精一杯の不快さを見せるところも世知辛くて良かった。

 

しかも、そんな男が目指すのがコメディアンであるという地獄の願望。

母親と暮らす冴えないコメディアンの男が、自分の才能を信じて空回りしまくる『キング・オブ・コメディ』(1983)という映画があったが、その主役を演じたロバート・デ・ニーロが、ジョーカーさんの憧れの人気コメディアンとして登場するという “そのまんま” な遊び心も凄い。

ジョーカーさんは拳銃を手に入れた際に、同じくデ・ニーロ&スコセッシのタクシードライバー』(1976)の真似事をしたりするので、完全に作り手が狙ってやっているのだ。

 

これはそういう話なんですよと。

 

どちらの映画も、孤独な男が社会から疎まれ徐々に狂った妄想にかられていく様を描いた作品であり、アメコミ史上もっとも有名なヴィラン、ジョーカーさんもまさにそんな夢も希望も無い生い立ちの人なんだよと。

ひとつだけ違うのは、この2作品が狂気にかられた男(どちらもデ・ニーロ)を憐れみながら観てしまう作品なのに対して、『ジョーカー』は、狂気にかられるジョーカーさんを応援しながら観ちゃうというところ。

似たような境遇の似たような人間であるにも関わらず、ジョーカーさんへの同情と共感が半端ない。

今がそんな時代であり、俺たちはゴッサムシティの虐げられた貧困層そのものだということかもしれない。

 

 

しかしこれはバットマンの物語でもある(ちょっとネタバレ)

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本作は、ジョーカーさん誕生の物語であると同時にバットマン誕生の物語でもある。

この先『バットマン・ビギンズ』、そして『ダークナイト』に繋がるストーリーともとれるし、ティム・バートン版『バットマン』へ繋がる流れとも見ることができるのが面白い。

可愛すぎる幼少期のブルース・ウェインくんとジョーカーさんが対面するシーンのエモさはファンにはたまらないであろう。

ラスト、ジョーカーの乱の勃発が原因でブルースくんの闇が生まれるという、まさに宿命ともいうべき因果関係にロマンチックが止まらない。

この映画は、決して可愛そうなオジサンがブチ切れて社会にケンカを売るだけの話ではないのだ。

 

 

 まとめ

 

『ジョーカー』は問題作としての宣伝が成功し大ヒットを飛ばしていて、バットマンシリーズであることが忘れられがちなところが寂しい。

鑑賞した人々のさまざまな意見が飛び交い、まるで『ジョーカー』について語ることがトレンドであるかのような勢いだ。

かくいう俺も、鑑賞直後にもっともらしい感想をtwitterで発信してご満悦であったが、そういった現代的な楽しみ方で映画が大ヒットするのもまた一興じゃないか。

ただ、ひとつ言わせてもらうと、『ジョーカー』観て絶賛してるやつ、他のバットマンシリーズもちゃんと観ろよ。

 

というわけで 

問答無用の100点満点!